Spare Times

暇な時に書きます

これからなくなっていく「雑誌」を憂う

相次いで色々な雑誌が休刊している。それでも資本やクリエイティブや実売が伴った雑誌はなくならないというのは分かるんだけど、今後選択肢が相次いでなくなっていくとすると、相対的な雑誌の価値はどうなっていくのだろうか。

 

インディペンデントは資本と切り離された1企画として、ウェブメディアが雑誌を作ることはストラテジーのひとつとして、となると「雑誌」として「雑誌」を続ける媒体は少なくなって、結局そこで紙/ウェブに分断されていきそうだし、そもそも論として雑誌は機能するんだろうかなど。

 

たとえば、あるカルチャー雑誌、ライフスタイル雑誌が生き残ったとして、なくなってしまった雑誌の読者は新規顧客として生き残った雑誌に行くのだろうか。

 

たとえば、AとBを比較しながら購入する際に、選択肢がそもそもなくなってしまうのだとすれば、残された雑誌がキュレーションする「価値」みたいなものを、読者は受動的に獲得するしかなくなるけれど、そうした同じ価値感の大量生産に意味ってあるのだろうか。

 

なので休刊しないであろう雑誌も、相対性の喪失に直面するし、何周もまわってやっとウェブを見るか雑誌を読むか論むたいなものが成り立つんじゃないかな。いっそのこと、版元ではなくデジタルメディアや一般企業が吸収してもいいと思うけどね。