Spare Times

暇な時に書きます

犬が死んだ

「犬が死んだ」。いつもは寝ている時間に母親からメッセージが来たものだから、「そうか」とだけ返してまた寝た。

 

起きて、目をこすりながらスマホの画面を見た。「犬が死んだ」という言葉と「そうか」という言葉だけがぽつんと残されていて、その装飾のない会話を見たまま、嗚咽した。15年間を一緒に過ごしたからだの小さな犬は、たぶんもう二度と起き上がったり、甘噛みをしてきたり、好物のクッキーをせがむための奇妙なうめき声を出すことはないんだという感情が渦を巻く。なにも考えられない。

 

実家では供養する準備が着々と進んでいるようで「吐いた跡もないし安らかに死んだと思う」「穴を掘りました」「部屋を片付けています」という連絡が画像付きで親と僕、そして僕の弟のグループチャットに送られてくる。弟は墓を買うらしい。僕は「そうか」「仕方ない」とだけ返すばかりで、後は実家から遠くはなれた東京の部屋で、ずっと泣いていた。

 

学校をサボって家の庭で漫画を読んでいた時に僕の膝の上に登り、気付けば寝ていた犬は、社会人になった今でも家の庭で漫画や雑誌を読んでいると、15年前と同じように、しかしゆっくりとした動きで膝に登ってうたた寝を始める。もう何年か前から白内障で両目は見えていなくて、一緒に散歩をすることはなくなってしまった。近所の人に可愛いねと言われて無防備にお腹をさらけだす服従のポーズ。それも家族以外の前ではほとんどできない。幸いにも僕の家は割と広かったので、散歩に連れて行けなくなってからは庭に離して自由気ままに遊ばせていた。たまに野生に戻ったような顔つきをして穴を掘っていたから、年老いて目が見えなくなってしまった後で大変申し訳なかったけど、「飼い犬」という枷が外れて楽になってくれていたなら嬉しい。

 

人間の年齢にすると、15歳ってどれくらいだろう。70、80歳くらいだとするなら、とても悲しいけれど寿命だから、この死は受け入れられる死だと納得することができる。去年の話をすると、つながりがある人の多くは、その寿命を迎える前に亡くなってしまったから、そのことはまだ受け入れられずにいるし納得もできていない。取り残された人たちは、寿命だからと無理矢理受け入れられる死が、寿命ではないとすれば、どうやって受け入れるべきなのだろう。みんなに愛されていた作家さんは、みんなに愛されたまま逝ってしまった。女子が多いというだけの理由で選んだ高校で出会った同級生は、海難事故でこの世を去った。ニュースになった友達を見た時、「ただの」「他人の」「死」と分解することで受け入れるのをやめて、考えることもやめた。だからお線香はまだあげにいっていない。

 

僕には一時、道で出会った女性と合コンをするという奇妙な習慣があった。月に一度開催して、お持ち帰りは一度もないというあまりに健全な合同コンパ。最初の方は友達を誘っても怪しがってなかなか来てくれなかったけど、それでも5人集まった。女性側はメンバーが変わっていくのに、男性側はその5人が固定と、たぶんあちらの主催者には不満の残るものだっただろうけど、僕たちはその健全な合コンを楽しんでいた。

 

二次会にはメイド喫茶ガールズバー、友達のひとりにそういった趣味があったので、熟女キャバクラというところにもいった。スーパーマリオに登場するクッパと瓜二つの女性が横についたりして、もう最悪の思い出だったので、くわしく語るのはまたの機会にしたいが、とにかく歪な形で始まった合コンを僕たちは毎年やり続けようと決めた。つまらないが、面白いという矛盾した感情が嫌いではなかった。

 

5人のメンバーのなかには一人、新卒にあたる年齢のK君がいて、というか彼は新卒だったのだが、会社では営業で成績も良いらしく、とてもノリの良い人間だった。おかしな笑い方が特徴で、若いテンションで場を盛り上げる役割を果たしてくれていたから理想的な後輩だったし、年齢なんかは本当は関係なくて、普通に友達だった。そのK君が2016年の冬に自殺した。合コンを除いても普段から一緒に遊んでいたのだけど、あるときから不参加が多くなって、次第に連絡が取れなくなっていった。僕たちは心配したけど、それぞれの生活がもちろんあったりするわけで、まあKは忙しいんだろうなと思ってこちらから連絡は取らなくなった。

 

「鬱」だったと分かったのはそれからしばらく経ってからだった。たぶん営業には向いてなくて、無理矢理テンションをあげていたんだろう、とはK君と一番仲の良かった友人の弁。仕事を辞めたK君はしばらく家でぼーっとして、それから職探しを始めたらしいと、これもそいつから聞いた。僕たちはK君の社会復帰を喜んで、また合コンやろうなとチャットにメッセージを書き込んだ。「おう」と短い返事があったので、たぶんなんとかなるなと思っていた。無事に就職したあかつきには、大学時代から付き合っている彼女と結婚するとか言っていて、数年以上、そういった色恋の話のなかった僕たちは素直に妬んで、素直に祝福した。結婚祝いに何を買うか、こっそり集まって話し合ったりもした。

 

K君は初めての出社日の朝、自宅で首を吊って死んだ。一番仲の良かったやつからKが死んだと連絡がきて、僕たちは関東にある彼の実家にいってお線香をあげた。誰も泣いていなくて、不謹慎だけど笑っていた。たぶん誰も、あいつが死んだことを受け入れるつもりがなかったからで、それは今でもそうだ。

 

幼稚園の時、人生がRPGのゲームだったら良いのにと、ずっと考えていた。でもそんなことはありえなくて、小学校2年生の頃にはクラスメイトが事故で死んで、中学3年の頃には後輩が車にひかれて死んだ。高校の友達は卒業してから海難事故にあったり、アルコール中毒になったりで、何人かこの世からいなくなってしまった。大学の友達は第一志望の会社に受かって、入社して数ヶ月経った時に白血病になり、それから信じられないようなスピードでこの世からいなくなった。結局、現実の世界では誰も生き返ることはなくて、僕はまだ、誰も生き返られないことも受け入れられずにいる。

 

人生はRPGではないので、たくさんの人たちや犬が死んでしまったということも、いつかは風化してただの記憶の一部になっていく。亡くなったという事実が残るだけで、その時の感情は忘れていく。それがとても悲しい。

 

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