Spare Times

暇な時に書きます

自分の才能と向き合うことについて

空自信がついたのはいつだろう、と考えていた。空自信とは根拠のない自信のことで、過信ともいう(のかもしれない)。もとをたどってみよう。小学校くらいの時から勉強もスポーツも芸術的なこともそこそこ綺麗な字を書くことも、なんとなーくこなせる器用貧乏だったことが大きな要因、つまりなんとなーくこなせるということは一定の実績を残しているわけではないということなのだけれど、それが自信になってしまったにちがいない。そうだ、あの頃はPCのブラインドタッチもできたんだ。今はできません。

 

なんとなーくこなしていくうちに、大人になって社会に出てしまう年齢が来てしまう。この状態を器用貧乏底なしと呼ぶ。

 

ところが30を前にすると否応なしに、実績というものができあがってしまう。これは意識の高い大学生が作るビジネスコンテストや外国語のスピーチや留学を経 ての数値化される語学力(重複)、バイトリーダーや研究成果、みたいなものとは明確に区別される。なぜならば、その実績は賃金を稼ぐことと引き替えに作ら れた、本当の「実績」であるからだ。企業に所属している人いない人に関わらず、お金を誰かに払ってもらって成果を出す、という純然たる行為が、社会人を約 10年くらいやってみてどあなたはどうだったか、を明示する。

 

この時点で、10代〜20代前半で持っていた空自 信はなくなって、自分のできることできないことが分かる。何ができて何ができないかがだいぶクリアになってくる。むかし偉い人に言われた、「今の若い人は 優秀だ、足りないのは経験」という言葉が身に染みてくる。この時点で自分の才能と向き合うことになって、色々な現実が見えてきたりするのだ。でもそうなっ ちゃうと案外楽で、合理的な選択ができる。ジャック・ウェルチ選択と集中が大事なんだよ〜って言っていた。だけど、やっぱり選択も集中もしたくなくて、 もう10年くらいは空自信を持っていたいというモラトリアムに陥ってしまうから、こち亀の連載終了でお尻に火がつきました、まる。